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面白いかも 

人が全然いないので朝っぱらから日暮れまでテニス。
・やっぱり引くのが遅い
・ボールの落ち際をたたく
これができればまあまあ良いのでは。



そんで夜は、今話題の鍋パーティー   (健全です)

そこで分かったコトは自分が幼いころ考えていた疑問は哲学だったということ。あと自分が未熟だということ。


自分の存在自体を否定したことは一度もないけれど(われ思う、ゆえにわれありは大前提として)、自分が見ている物体が自分と同じように見えている人は他に誰も居ないんではないか。そうなると、自分が人と認識して見ている人は本当に人であるとは限らず、もしかするとこの世界には自分しかいないのかもしれないのでは。
でもそうなると、どんな犯罪をしても相手は人ではなく、捕まったとしても自分が捕まっていると認識しているだけで、実際はそうではないかもしれないからいいじゃないか。とかなり危険な方向へ暴走してしまうので……

ん?なんか言いたいことと違うような…書いてて意味不明ですが。
まぁこんな感じのことを小中と結構思ってたんですが(若干異なるがY氏も同じ時期に同じコトを考えていたみたいでちょっと興奮)、T氏のアドバイスによると自分の中に、他人が存在してその人たちに見られているという客観性を持つことが必要であるとのこと。

なるほどと感心するが、その客観性は自分の主観性の中に作り出した客観性であり、真の客観性ではない不完全なものであるから暴走する危険があるとのこと。またその例えが非常に的を射ていてまた感心する。

そんなような話をいくつかするにつれ哲学って面白いと思う反面、自分の未熟さを痛感。
未熟さのひとつに考えが浅いということもあるが、それ以上に自分の思っていることをうまく論理的に伝えることが出来ない場面が多い。
同じ日本人同士で知り合いということもあり、なんとなくのニュアンスなどで相手に分かってもらうことは簡単なのだが、やっぱりそれだけではまずいだろう。

この原因は著しい読書量の少なさだろう。この技能に非常に長けたT氏が哲学書を含めた様々なジャンルの本をい1日に何冊も読みあさっていることからも明らかである。

最近読書の大切さを痛感させられる場面が非常に多い。
ここぞという時に最適な言葉が出てこない。うまい例えが浮かばない。話す順序はこれでいいのだろうか。何度も同じコトを繰り返しているだけなのでは?など。
幸運にも自分には読書ができる位の時間はある。社会に出て気づいてからでは遅かったのでこれを機に本をもっと読もう。

自分が持っている疑問のいくつかを考えるにはサルトルがいいらしいのでまずここから始めようかな。
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